社会で活躍するOBの紹介

社会で活躍している、あるいは活躍された卒業生(同窓会会員)を紹介したいと思います。
不定期に取材した方々を順不同でご紹介いたします。取材者の主観が入りますがご了承ください。
なお、文面に間違いや、掲載に差しさわりがあるものがあれば、問い合わせフォームより、ご連絡下さい。

国土交通省住宅局住宅総合整備課長 高橋謙司氏

昭和62年(1987年)3月 滝高等学校卒業
平成 3年(1991年)3月 京都大学法学部卒業
平成 3年(1991年)4月 建設省 採用
2008年8月 国土交通省大臣官房会計課企画専門官
2009年7月 鳥取県企画部地域づくり支援局長
2010年4月 鳥取県企画部長
2012年4月 国土交通省土地・建設産業局建設市場整備課建設産業振興室長

2013年8月 厚生労働省老健局高齢者支援課長
2014年7月 厚生労働省老健局振興課長
2015年7月 内閣官房内閣参事官(内閣総務官室)
2017年7月 国土交通省住宅局住宅総合整備課長

 

“これまでの経歴と現在のお仕事を教えて頂けますか?”

大学卒業後、建設省に入省し、平成13年の省庁再編で、4省庁が統合され、国土交通省になりました。昨年の夏までは、内閣総理大臣官邸に2年ほど勤務し、官邸と国土交通省をつなぐ仕事をしていましたが、昨年7月に国土交通省に戻り、現在は住宅行政を担当しております。

住宅局は、住宅融資のフラット35や住宅ローン控除、URの賃貸住宅(昔の公団住宅)などのように、住まいに関すること全般に関わっていますが、私の課では、公営住宅や公社住宅、民間の賃貸住宅に関する市場整備、新たな住宅セーフティネットや空き家対策を担当しています。

新たな住宅セーフティネットというのは、昨今、一人暮らしの高齢者などが増加する一方で、民間の賃貸住宅市場ではそうした住宅弱者とされる方々が住宅を借りられないことが社会的に問題となっていることから、昨年、法律を改正し、高齢者や低所得者、子育て世帯などの入居を拒まない賃貸住宅の登録を促進しようというものです。民間の市場でやっていることですが、改修費や家賃の助成、見守りなどの居住支援サービスを促進していくことを通じて、国としても最大限の支援をしていきます。

公営住宅は、全国に216万戸あり、地方公共団体を通じて低額所得者向けに供給されています。公営住宅では災害時の対応も重要です。東日本大震災では3万戸ほどの公営住宅が建設されています。高台移転などまちづくり全体の復興を進める中で、今年度末で96%、来年の春でほぼ概成(99%)します。熊本地震の関係でも補正予算等で財源を確保し、急ピッチで建設を進めています。

人口減少時代を迎え、空き家対策も大きな課題です。全国で6000万戸の住宅があり、5200万戸は住んでいますが、820万戸は空き家です。耐震性がないものも多く、除却すべきは除却するとともに、活用できるものは住宅としてのみならず、他用途に転用して、例えば高齢者向けのサロンや地域おこしの拠点として有効活用していくことも重要です。

 

“重要な課題に取り組んでいらっしゃいますね。どんなところにやりがいを感じますか?”

衣食住と言われるように、住まいは暮らしの基盤です。お困りの方にいかに適切な住まいを供給するか、これが当課の一番のミッションだと思っています。公的賃貸あるいは一部の民間賃貸住宅のご協力を得て、市場の補完機能をしっかりと担っていきたいと考えております。

私は、鳥取県庁や千葉県庁と、7年近く地方に出向していましたが、特に地方では空き家問題が大きな課題となっており、国会などで聞かれることも多くなっています。地方への定住促進や観光関係などなど、空き家を資源として活用できないか、地方の首長さん方とも議論しているところです。

そうそう、鳥取県に行っていた時には、地域づくりに関することも担当させていただきましたが、やりがいがありましたよ。米子鬼太郎(よなごきたろう)空港の愛称化のときは、鳥取県境港市と米子市の関係者と調整し、調布にある水木プロにも出向いてご快諾頂いて、空港のいたるところに鬼太郎やゲゲゲの仲間のオブジェを設置しました。飛行機に乗る鬼太郎のデザインも水木先生に特別に作って頂き、先生をお招きして、米子鬼太郎空港でお披露目式もしました。目に見える取り組みができて、楽しかったですね。

また、鳥取環境大学という公設民営の大学の設置形態を公立大学に変更するとともに、新しい学部を設置するというのも担当しました。文科省にお願いに行って、新しい学部の認可手続を進めたりして。鳥取県では企画部にいたので何でも屋でした。県議会の先生方と大いに議論をしたのもいい思い出ですね。政策立案・調整の原点のようなものを勉強させて頂きました。

それから、官邸に行く直前に厚生労働省に2年間お世話になりましたが、この時は、10兆円を超える規模の介護保険について、いかに費用とのバランスを図りながらサービスを充実させ、地域包括ケアを実現していくかが課題でした。ちょうど医療・介護の一体改革が求められた時期で、法改正や介護報酬改定にとても忙しい日々でしたが、介護や医療関係の方々と様々に議論し、介護保険サービスの中身を作りあげていくのは、役人冥利に尽きるというか、醍醐味のある仕事でした。

実は住宅局と厚生労働省は表裏一体のようなもので、今の課でも厚労省と連携して仕事をさせて頂いています。
行政課題が複雑になる中で、これからますます、いかに縦割りではなく、総合的にやっていくかが重要になってくると思います。

 

“ところで、滝高校時代の思い出は? 部活動は何をされていましたか?”

滝高では天体観測部に所属していました。何月かに1回、校舎の屋上で、当時、図書館の奥にあった商業科の屋上に望遠鏡を設置して、徹夜で観測をしていましたが、これが楽しかったですねー。

昼間にも当番を決めて、お昼休みに太陽の黒点観測もしました。
学祭の時にはテントでプラネタリウムのおもちゃを作ったりして。大きな声ではいえないけど、部室ではよくトランプで遊んでいましたね。天体観測は何しろ時間がかかるので。
現在の中島校長先生が当時顧問でしたが、今でも年末に帰省すると中島先生を囲んで当時のメンバーが集まりますよ。先生に、よろしくお伝えください。

 

はい、年度末のお忙しいところ、お話しを聞かせて頂きありがとうございました。

 

2018年2月取材
(文責:S57卒 佐宗美智代)